慶應通信でのぼやき

慶應通信文学部3類(英文学専攻)に所属する意識低い系ニートの備忘録。主に自分の恥レポートを晒して四苦八苦している人の手助けをするよ!

慶應通信:専門科目「ロシア文学」

ロシア文学

慶應通信の文学部第三類の科目である「ロシア文学」。テキストは、ロシア文学史と作品紹介、研究になっており写真などの資料も豊富でさらに読みやすいとても質の高いテキストです。

ロシア文学」の合格レポート↓

問「『スペードの女王』の主人公ゲルマンがなぜ狂気に至ったかを考察しなさい」

ロシア文学

 

アレクサンドル・プーシキン1799-1837の『スペードの女王』(1834年)はプーシキンの短編小説であり、雑誌「読書文庫」にて発表され程なくして人気を博した。1890年には、本作を元にしたピョートル・チャイコフスキー(1840-1893による同名のオペラが誕生した。今回は『スペードの女王』の主人公ゲルマンが狂気に至った理由についての考察であり、はじめに平民出身であったこと。それに加えてロシアの貴族社会で地位と名声を得るためには賭博で勝たなければならないという考えにゲルマンが至ったこと、またゲルマンの性格が冷静で節制を守る厳しい性格の反面に激しい想像力と野心の持ち主であったこと、さらに彼の行動や思想の根底にナポレオン主義があること、そして筆者が考える大きな要因は父がドイツ人で帰化人であったためロシア人と生活する上で少なからず疎外感と孤独感を感じでいた点があげられる。以上の点を一つずつ考察していくことにする。

 『スペードの女王』の舞台はサンクトペテルブルグにある騎兵士官ナルーモフ宅で連夜行われている骨牌大会から始まり、ゲルマンは賭博に参加しないものの骨牌の勝負の行方を無我夢中で見ていたとこからである。冒頭よりゲルマンが金銭や賭博に対する強い欲望を垣間見ることができる。また彼はドイツ人であった父が遺してくれた僅かな財産にほとんど手を着けずに労働で得た給料で慎ましい生活をしていた。トムスキーはゲルマンについて、彼はドイツ人であるため倹約家なのであると言うように彼もまた倹約、節制、勤勉が自分の3枚の勝ち札であると述べている。角とも言える倹約家であるのに対し5時間以上も骨牌の勝負の行方を夢中で眺めていたゲルマンには金銭に対する強い欲望があるのには、「人間や社会の全ての価値がことごとく金や社会的地位で定められている時代にあって、ゲルマンの如く自尊心の強い人間にとっては、金のないために受ける屈辱は耐えがたいものであっただろう。」(1)と指摘している。この賭博大会にてゲルマンはトムスキーから自分の祖母が、父の兄弟も、孫も知らない秘伝を使ってヴェルサイユで開催された骨牌大会にて大金を勝ち取った話を聞き、「お伽話さ」と指摘しながらも興味を持つ。その秘伝は、チャプリツキーが起死回生を図る場面でのみ伝えられた。ゲルマンは、この秘伝を聞くために80歳を過ぎた伯爵婦人の情人になることまで考える。この場面からゲルマンは過度の倹約家であり、一度も骨牌に触れたことがない反面で根っからの賭博好きであることが分かる。しかしゲルマンは、「余分な金を手に入れようとして、入用な金を投げ出す」身分ではないことが自分が一番理解していたが、3枚の骨牌の話は密かな野望を抱いていたゲルマンを刺激する起爆剤となった。浅岡宣彦氏によれば、ゲルマンの金銭欲を煽った根底には、社会的な不平等があり、『スペードの女王』は「密かなる悪行と苦しみ」の過去ではなく、作者の同世代の社交界の風俗が描かれており、プーシキンはこの作品をフランスの18世紀の社交界と比較して描いている。」とされている。(2)

かるた大会の翌日、ゲルマンはペテルブルクの大通りにある古い邸宅の前を偶然通りかかる。門衛に邸宅の主の名を聞くと、例のカルタの老伯爵夫人であった。ゲルマンは驚きながらも、再び例のカルタの話を思い出し、その夜に彼は、カルタと大量の金貨の夢を見た。そのまた翌日ゲルマンはペテルブルクをさまよっていると、導かれるように老伯爵夫人の邸宅に辿り着く。すると窓から若く美しいリザヴェ―タ・イヴァーノヴナのうつむく姿を目にした。この出来事が、彼の野望を掻き立て、老夫人から秘伝を聞き出すことを計画し、実行することを決意させたきっかけになる。ゲルマンが3枚の骨牌を知るために、まずリザヴェータに接近するため彼女に対して綴った恋文では、はじめはドイツ小説から引用したものの継ぎ接ぎであったが、ドイツ語を知らないリザヴェ―タの心を動かしてしまう。後日彼は再びリザヴェ―タに逢い引きの誘いを綴った手紙を寄越す。リザヴェ―タはこのような経験がほとんどなかったため、ゲルマンに対して極めて純粋な恋心を抱くようになるが、男の気の早さに呆れて一度は突き放そうとする。しかし、ゲルマンの思いは止まらず、一日も欠かさず彼女の元に届けられ、もはやドイツ小説からの継ぎ接ぎではなくなり、迸る思いの丈を綴ったものとなりついにはリザヴェ―タも返事をするようになった。このように次第にドイツ小説からの引用ではなくなり強い思いを綴るようになる場面ではゲルマンの激しい想像力と野心の持ち主であると言える。一方で、自分の欲望のためならば手段を選ばないゲルマンの行動はナポレオン主義的と言える。ナポレオン主義とは、ある崇高な目的のためならば手段は問われず、行為は歴史により正当化されるという思想である。いよいよゲルマンが伯爵夫人と対面し骨牌の秘伝を問いただす場面では、彼のナポレオン的素質がよく描き出されていると言える。ゲルマンから3枚の勝ち札について問いただされている伯爵夫人は「冗談であった」と言う以外はゲルマンの問いには答えない。一方のゲルマンは伯爵夫人に向かって「誰のために、札の秘伝を守り通すおつもりなのです。お孫さんのためにですか。お孫さんは皆、それがなくとも金持ちです。お金の値打ちなど知らぬ人たちです。」(3)と懇願する。裕福な孫たちというのはトムスキーのことであるが、ここでは貧しい自分がお金の価値あるいは有り難みを一番理解しているということを強調し、伯爵夫人の慈悲の心に訴えようとする。しかしそれでも口を開かない伯爵夫人に耐えかねたゲルマンは、銃口を彼女に向け終いには殺害してしまう。後にリザヴェータが部屋に来て、世話になっている伯爵夫人の亡骸を目の当たりにし放心状態になるが、ゲルマンはそんな哀れなリザヴェータに同情するどこか、今となっては骨牌の秘伝を二度と聞き出すことができなくなってしまったことに絶望している。彼が両腕を組み、険しく眉を顰め、窓に腰掛ける姿はナポレオンの肖像画の生き写しであり、リザヴェータの目を通して描かれたゲルマン像は、ゲルマンの中に内在し、彼を破滅に導く悪徳、金銭欲がナポレオン志向と結ばれた時代精神であることを告げている。(4)ゲルマンは、後日開かれた伯爵夫人の葬儀に参列するが、反省や伯爵夫人を弔う気持ちではなく、伯爵夫人の怨霊に祟られるのを避けるためであり、信心はないくせに迷信深い彼の特性と自分勝手な性格が浮き彫りにされているといえる。葬儀ではゲルマンは伯爵夫人の入った棺桶を覗いた途端、伯爵夫人の目が開いたのを見て気絶してしまう。その夜は、胸の疼きが収まらず珍しく酒を飲んで深い眠りについた。その晩ゲルマンは、伯爵夫人の亡霊がリザヴェ―タを嫁に取ることを自分を殺した事への赦しとして、またカルタに二度と手を触れないことを条件としてカルタの秘伝を伝える。そして「七」、「三」、「一」の三枚の札をゲルマンに伝える。このようにして秘伝を知ったゲルマンは勝負に出かけ、一晩で大金を得るが二度目の勝負で全ての財産を失い狂気に至り精神病棟にて変わり果てた姿で物語は終結する。

 

 最後に『スペードの女王』の発表後に描かれた他のロシア文学の作品で比較考察をしたいと考える。本作の発表から約半世紀後であるフョードル・ドフトエフスキー(1821–1881の代表作『罪と罰』(1892–93)では、貧しい元大学生であるラスコーリニコフはナポレオンごとき天才であり、世界をも動かす選ばれし者は法と道徳を越境する権利があると考え、彼の考える新しい世界のために金貸しの老婆と偶然居合わせた老婆の妹を殺害する。しかしながら彼に待ち受けていたのは理性の停止と孤独であり、自己の思想は誤りであったことを悟る。結末は娼婦のソーニャに促されラスコーリニコフの自首により流刑地での改心で物語は終わる。(5)このように『罪と罰』の主人公であるラスコーリニコフはまさしくゲルマンと同じ貧しく老婆殺しの罪を負うナポレオン思想を持つ青年である。しかしながらラスコーリニコフは一時的には狂気に苛まれるも、最終的には救われ、精神病棟で狂人のままで救われないゲルマンとは対照的な結末を迎えている。この両者の大きな相違は「孤独」にあると考える。ラスコーリニコフには彼を愛し、改心の道を勧め、共に歩むソーニャという存在がいるのに対して、ゲルマンにはリザヴェータというヒロイン的立場の女性がいたものの、彼女はゲルマンを救うことはなく別の似たような階級の男性と結婚し幸せな人生を歩むのである。また作中ではゲルマンの家族については故人でありドイツ人であった父親についての言及のみであり、母親や兄弟など親族について触れられていない。またゲルマン(German)という名前はドイツ人という意味でありトムスキーのゲルマンのドイツ人的性格についての言及から、彼はロシアで育ちながらも周囲からドイツ人であることをラベリングされていることが分かる。また自尊心ゆえに人と打ち解けない性分であるゲルマンが狂気に至った一番の原因あるいは、ロシアの貴族社会に馴染むため、また彼の望む自立と安定した生活を実現するために必要なのは金銭や地位であるという思想に至ったのには彼が心から安心できる家族や友人、恋人がいない孤独な人間であったからではないであろうか。

 

(3824文字)

 

参考文献リスト

 

(3)アレクサンドル・プーシキン著『スペードの女王 ベールギン物語』、神西清訳、岩波書店、(2005/4/15

(1)(2)(4)法橋和彦著『プーシキン再読』、創元社1988/1/1 収録浅岡宣彦著『スペードの女王』、p195-203

(5)草野慶子著『罪と罰』ストーリー ロシア文学より、p68-71

 

スペードの女王・ベールキン物語 (岩波文庫)

スペードの女王・ベールキン物語 (岩波文庫)

 

 

 

罪と罰(上)(新潮文庫)

罪と罰(上)(新潮文庫)

 
罪と罰〈下〉 (新潮文庫)

罪と罰〈下〉 (新潮文庫)

 

 レポートの講評

ちなみにこのレポート、大変問題のあるレポートですと酷評でした!個人的には、ロシアでドイツ人である(外国人)であること、周りは貴族であるのに対して自分は士官であることという階級の違いは、ゲルマンと周りとの一線になっていることが引き金であることを指摘したのがギリギリ合格を貰えたのではないかと考えます。

ロシア文学」のレポートを書くにあたって

私はロシア文学を専攻したくらい好きなジャンルなのですが、残念ながらテストはテキストを「丸暗記」するしかありません。基本的にテキストから逸れることはなく作品名を出されて内容を説明する形式か、世紀ごとのロシア文学の特徴を作品とともに論述する形式です。