慶應通信でのぼやき

慶應通信文学部3類(英文学専攻)に所属する意識低い系ニートの備忘録。主に自分の恥レポートを晒して四苦八苦している人の手助けをするよ!

教養科目「論理学A」の合格レポート

論理学A

真理関数と量化理論の違いについての論述式レポートです。

論理学Aの合格レポート↓

論理学

 

はじめに

本論では、真理関数理論による推論と量化理論による推論を分析し、「推論を正しく行う事」という観点に注目して両理論の相違点を考察する。

 

真理値関数理論

論理学では、日本語や英語のような自然言語(natural language)で表現される推論を直接扱うのではなく、形式言語(formal language)と呼ばれる一種の人工言語を設定し、その中での推論を扱う。また論理学で用いられる形式言語は、自然言語に比べてはるかに単純であり、理解しやすいという特徴がある。そしてこうした形式言語の設定の中で推論を記号化し、正確に表現した上で、その妥当性を厳密に規定する。例えば、(1)「今日雨が降っているならば、運動会は中止だ。今日は雨が降っている。ゆえに、今日の運動会は中止だ。」という推論は「今日雨が降っている」という命題をp、「今日は運動会は中止である」という命題をqとし、接続詞を「→」と記号化すると、(2)「p→q、pゆえにq」となり現代の論理学においては、(1)のような日本語で表現された推論を直接問題にするのではなく、(2)のような記号化された推論を扱う。なぜかと言うと例えば、「もし雨が降っていたならば、地面が濡れている。地面は濡れていない。したがって雨は降っていない。」は「雨が降っている」をP「地面を濡れている」Qとすると、Pが成り立つならば、Qが成り立つ。Qは成り立たない。したがってPは成り立たない。個々の命題が具体的に何であるかとは独立に、PとQの部分にどんな命題が来ようとも、推論は妥当である。この推論の妥当性は、ここで登場した「ならば」、「〜ない」という論理的表現の意味に基づくものである。そうして具体的な文の代わりに記号を用いることで、こうした推論の妥当性に直接影響するパターンのを抽出することが可能になる。

 

結合子

否定(negation)

「¬」は否定の論理結合子であり、一つの論理式Aと結びつき、「¬A」になり「Aでない」と読むことができる。「太郎は来た」をA、「花子が来た」をBとおくと、「太郎が来なかった」は「¬A」、「花子は来なかった」を「¬B」と記号化できる。

A

¬A

T

F

F

T

 

連言(conjunction)

「∧」は連言の論理結合子であり、二つの式をAとBを結びつけ、「A∧B」は「AかつB」と読むことができ、二つの論理式AとBがどちらも真である事を主張している。

 

 

 

A

B

AB

T

T

T

T

F

F

F

T

F

F

F

F

 

選言(disjunction)

「∨」は選言の結合子であり、二つの論理式をAとBを結びつけ、「A∨B」という論理式を形成する。「A∨B」は、「AまたはB」と読むことができ、二つの論理式AとBの少なくとも一方が真である事を示している。

A

B

AB

T

T

T

T

F

T

F

T

T

F

F

F

 

 

条件法(conditional)

「→」は、条件を表す論理結合子であり、二つの論理式AとBを結びつけ、「A→B」という論理式を形成する。「AならばB」と読むことができる。例えば、「太郎が来る」をA、「花子が来る」をBとした場合、「もし太郎が来るならば、花子も来る。」は「A→B」となるように日本語には条件法を表す様々な文体上の変種がある。

 

A

B

AB

T

T

T

T

F

F

F

T

T

F

F

T

 

 

真理関数理論とは、推論式を真理値分析して恒真となるかどうかである。例えば、

(前提1)「私は晴れたら、登山に行く」

(前提2)「私は登山に行ったら、ピクニックをする。」

 (結論)「ゆえに晴れたら、ピクニックをする」

 この推論は殆どの人にとって正しい推論であると感じるはずである。そこで真理関数理論に則ってみていきたい。まず、「晴れる」に記号「p」、「登山をする」に記号「q」、「ピクニックをする」に記号「r」を与える。そこで前提1は「p→q」、前提2は「q→r」、結論は「p→r」となる。前提の連言と結論を条件法にすると、推論式は*1(p→r)となる。

この推論式の真理値

 p q r

 p→q

 q→r

(p→q)∧(q→r)

p→r

 ((p→q)∧(q→r)→(p→r)

 1 1 1

1

1

1

1

1

 1 1 0

1

0

0

0

1

 1 0 1

0

1

0

1

1

 1 0 0

0

1

0

0

1

 0 1 1

1

1

1

1

1

 0 1 0

1

0

0

1

1

 0 0 1

1

1

1

1

1

 0 0 0

1

1

1

1

1

 

このようにトートロジーとなる。

 

正しい推論

(前提1)太郎はテストで100点を取れば、単位を貰える。

(前提2)太郎は単位貰えた。

(結論)それゆえ、太郎は100点を取れなかった。

これらを記号化すると「太郎がテストで100点を取る」をP「太郎は単位を貰える」をQとすると

(前提1)P→Q

(前提2)Q

(結論)¬P

これらを真理値分析すると

 P   Q

 PQ

 ¬Q

 ¬P

 T   F

 T

 F

 F

 T   F

 F

 T

 F

  F   T

   T

 F

 T

 F   F

 T

 T

 T

 

 

正しい推論の基準に照らし合わせて、前提が全て真となる場合を列挙し、その時の結論の真理値を確認する。この真理表では、前提1、2ともに真であるのは、真理表の1行目と3行目である。しかし、3行目ついてみると、確かに結論は真である。しかしながら、1行目は偽となっている。したがって、前提が全て真である時にも、この推論の結果は必ずしも真になるとは限らないことが分かる。例えば、太郎がテストで100点を取り、単位を取得したという状況を考えると、この時の前提は全て真であるが、「太郎がテストで100点を取れなかった」という結論は偽であり、妥当な推論の基準を満たさない。したがってこの推論は妥当な推論ではないということができ、妥当な推論の基準を満たさない例となる状況を反例という。

 

量化論理とはさまざまなな推論規則を使い前提を導けるかどうかである。はじめに命題論理では、論理結合子は連言「かつ」、選言「または」、含意「ならば」、否定「でない」を用いる。また推論が真であるかどうかは真理値表を用いて確かめることができる。

命題論理の健全性・完全性

「真理表の方法に基づいて、前提A1、・・・、Anから、結論Bへの推論が真理表に基づいて妥当である。A1、・・・、An|=B」

「自然演繹法NKで前提A1、・・・、Anから結論Bが証明可能である(証明図が存在する)A1、・・・、An|–B」

 

命題論理の問題点

三段論法の例

(前提1)全ての哺乳類は動物である

(前提2)全ての人間は哺乳類である

(結論)全ての人間は動物である

 

三段論法の各命題を各命題変数に置き換えると

命題A:全ての哺乳類は動物である

命題B:全ての人間は哺乳類である

命題C:全ての人間は動物である

 

A∧B→C

A

B

C

AB

ABC

1

1

1

1

1

1

1

0

1

0

1

0

1

0

1

1

0

0

0

1

0

1

1

0

1

0

1

0

0

1

0

0

1

0

1

0

0

0

0

1

 

この真理値表は恒真ではない。

命題論理における正しい推論は推論式(前提を全て連言で結んだ論理式と結論の論理式を含意で結んで作られる論理式)の真理値表がトートロジーとなるような推論である。よって先述したような推論は妥当な推論とは言えない。

 

「全ての人間は動物である」は、太郎は動物である∧花子は動物である∧・・・∧明子は動物である。となり、Xは動物である。量化の対象が有限ならば量化の「全て」を含む文を複数の文の連言で結んだ文に置き換えることが可能である。一方で「全て」を連言に置き換える際の問題点はとして例えば、「全て2より大きい素数は奇数である」とした場合、素数は無限個存在することが知られているため、無限個の論理式を連言で結ぶことは許されない。何故ならば、無限の長さの真理値表を計算することは有限の時間の中ではできず、このような文は連言によって表現することは不可能である。

 

量化理論

 

真理関数+普遍汎化+普遍例化+存在汎化+存在例化という枠組みは、学問的推論の骨格に含まれているといえる。この枠組みを量化推論と呼ぶ。

 

命題関数

フレーゲは語を文、化するつまり、語を文になぞらえて捉える便法を発案した。例えば、「馬」、「犬」に真偽を適用させることはできない。

「馬」は真である。 

「犬」は偽である。

は不自然である。しかしながら、

「あれは犬でない」は偽である。

は不自然ではない。語「……」を文の一部に取り入れ

「これは……である。」

「あれは……である。」

という表現をつくり、文に

「これは馬である」は真である。真理値を適用させる方法である。この発想を関数の理論に当てはめると

「Xは……である。」

といった表現、さらには「は……である。」の部分も記号的に書き換えると

「F(X)」

といった記号的表現が完成し、ラッセルは命題関数(propositional function)と呼んだ。

 

推論の構造と命題関数

アリストテレスは三段論法のうちでも第Ⅰ格の第1式である

すべてのGはHである。

すべてのFはGである。

すべてのFはHである。

を最も基本的なものと考えており、この推論にはその反例が見つけることができないという意味では正しい推論であった。しかしながら、前提が与えられたとして、結論を引き出すとすると

結論 すべてのFはHである。

任意のxに対して

1.F(x),∀x(F(x)→G(x))⇒F(x),F(x)→G(x)⇒G(x)

2.G(x),∀x(G(x)→H(x))⇒G(x),G(x),G(x)→H(x)⇒H(x)

3.∀x(G(x)→H(x)),∀x(F(x)→G(x)),F(x)⇒H(x)

4.∀x(G(x)→H(x)),∀x(F(x)→G(x))⇒任意のxについてF(x)⇒H(x)

5.∀x(G(x)→H(x)),∀x(F(x)→G(x))⇒∀x(F(x)→H(x))

記号化することができる。

 

アリストテレスの三段論法

アリストテレスは『分析論』のなかで次のような

範囲での正しい推論について研究した。

  1. 前提は二個、結論は一個の三個の文によって表される推論であること(三段論法)
  2. 前提、結論ともに1.2の以下にあげた四つの形のいずれかに当てはまるぶんであること。

    すべてのSはPである。 全称肯定 A

    すべてのSはPではない 全称否定 E

    あるSをはPである。 特称肯定 I

    あるSはPでない 特称肯定 O
  3. 二つの前提中には一つの共通の語とそれ以外の二つの語とが現れ、結論には共通な語以外の二つの語が現れている。

    すべてのMはPである。

    すべてのSはMである。

    すべてのSはPである。

これら三つの語は三段論法の名辞と呼ばれる。

 

推論規則

代表による議論

「すべてのもの」を代表しうるものを一つ取り、「すべて」を結論する手法を論理学上「汎化」あるいは「普遍汎化」と呼ぶ。普遍汎化を用いる際に代表として選択したひとつのものに名前を与える。例えばXなどという名前を与えることであり、混乱を避けるためにも命名し、さらに命名されたものは展開する議論のあいだでは一定のものにつけられているという点では、仮の固有名詞である。

条件化

仮定的議論と条件化の方法は、真理関数理論で述べたようなA、Bを前提としてCを結論としたときに

A,B⇒C

のとき

A⇒B→C

が成立する。つまり、F(x)を前提に加えてH(x)が結論できたときは、残りの前提からF(x)→H(x)が結論でき、真理関数的な裏付けを与えることができる。

普遍例化

この段階では「すべてのFがGである」ことから「xがGである」つまり「どんなxをとっても、F(x)→G(x)」かあ「F(x)→G(x)」が結論されている。「どんなものにも」が成立するのは、今とったxにも適応され、この推論方法を普遍例化と呼ぶ。

真理関数的理論

F(x)とF(x)→G(x)とからG(x)が得られるのは

A,A→B⇒B

真理関数+普遍例化+普遍汎化であり、真理値関数的に正当化される推論方法である。このように必要であれば随時真理関数的推論を当てはめることができるのである。

第二の例として

すべてのGはHでない。

あるFはGである。

あるFはHでない

という場合の結論は「すべて」ではなく、「ある」であるので普遍汎化の必要はなく、FであってHでないものを見つける。

前提として

F(x)∧G(x)であるようなxをaと呼ぶとする。

aはFかつGである〔F(a)∧G(a)〕

第一前提 どんなxをとっても、G(x)→¬H(x)

であり、aにもあてはまる。普遍例化により

G(a)→¬H(a)

しかしながらaはGなので¬H(a)。aがFであることも分かっていたので、aはFかつ¬H、つまりF(a)∧¬H(a)したがってFであるがHでないものaを見つけ出す

ことができた。ゆえに

FかつHでないものがある。

6.∃x(F(x)∧G(x))⇒F(a)∧G(a)

7.F(a)∧G(a),∀x(G(x)→¬H(x))⇒¬H(x))⇒G(a),G(a)→¬H(a)

⇒¬H(a)

8.F(a)∧G(a),∀x(G(x)→¬H(x))⇒F(a)∧¬H(a)

⇒∃x(F(x)∧¬H(x))

9.∃x(F(x)∧G(x)),∀x(G(x)→¬H(x))⇒∃x(F(x)∧¬H(x))

と記号化することができる。

1の段階から「……のようなxがある」そのものをとってきてaという名前をつけたが、これは議論の運びに混乱を来さないためである。この場合にはFかつGのようなものがあるからそのひとつとしてaとしている。つまりこの場合のaは名前という名前は任意性よりは特定性を表すような用法である。「――――のものがある」という場合は、その「存在する」ものをとってある名前を付けようとする。例えば「犬を飼う」とその犬に名前を付けるように、存在し始めると名前を付ける。そしてこの場合はだれでもよい一匹の犬ではなく、ある特定の犬に対する名前である。このような命名法を存在例化と呼ぶ。

存在汎化

FではあるがHではないものとしてaと名付けられたものが見出されたとき「FではあるがHではないようなものがある」と結論している場合である。例えば2,3,5,7、などの数字が1と自身の数字でしか割ることのできないという性質を持っていることを知っており、そのような数を素数と呼び、「2より大きなすべての正の整数は巾乗の積の形にかける」ことを言おうとしており、この場合はある特定の素数ということではなく「素数というものがある」という意味で用いられる。特定のものとの結びつき過ぎを避けるためにも、特定のものの共通性に眼を向けるためにも、そして特定の対象或いは人物などを離れて議論するためには、特定者を一般化させる必要があり、このように例示された特定のものからその類のものの存在へと一般化して推論する方法を存在汎化と呼ぶ。

 

正しい推論

 

アリストテレスの三段論法では扱えない例として、ドモルガンの推論の例をあげる。

 

 (前提)「すべての猿は動物である」

(結論)「猿の子はすべて動物の子である」

 

前提を「どんなものxに対しても、xが猿ならば、xは動物である。」と言い換え、「F(x):xは猿である」、「G(x):xは動物である」を導入すると、この前提は「∀x(F(x)→G(x))」と記号化でき、同じように結論を「どんなものxに対しても、xが猿の子ならば、xは動物の子である」と言い換えると、「H(x):xは猿の子である・I(x):xは動物の子である」を導入することで、「∀x(H(x)→I(x))-①と記号化できる。しかしながら、この記号化では、前提と結論の間に共通の記号が見られない。「猿」と「猿の子」の関係について私たちは、「猿」には「子」があり、それが「猿の子」であることを勝手に認めてしまっているが、この点も推論式上で定義する必要がある。

 

そこで「H(x,y):xはyの子である」を導入する。その結果、結論は「∀x(ヨy(F()∧H(x,y)→ヨy(G()∧H(x,y))」と記号化できる。これから推論を始めるにあたり、次の前提を追加する。任意の猿の子を取り、それをuと名付けると、「ヨy(F()∧H(u,y))」という前提が加わる。

 

uを子とする猿がいるから、その猿をVと名付けることができる。この存在例化により、「F()∧H(u,v)-②となる。

 

前提ですべての猿が動物であることを、そしてvという猿がいることから、vは動物であるといえる。この普遍例化により、「F()→G()-③となる。③と④を真理関数的に扱い、③のF()の場所をG()に置き換える。よって「G()∧H(u,v)-⑤が得られる。

 

⑤の式は、uを子とする動物vがいることを示す。特定の存在が認められたら、それと同種のものの存在保証が認められる存在汎化により、「ヨy(G()∧H(u,y))」となる-

②と⑥を条件化して、「ヨy(F()∧H(x,y))→ヨy(G()∧H(u,y))-

 

ここで、uは任意の猿の子であったので、すべてのものに対して成り立つと言える。この普遍汎化により、「∀x(ヨy(F()∧H(x,y)→ヨy(G()∧H(x,y)))」と結論できる。

 

まとめ

 

真理値関数理論と量化理論の大きな相違は、前者は2値の古典的真理値関数では恒真性を判定する方法があるが、量化理論ではある論理式が定理であるかどうか一般的判断に判定する方法がないため不完全であるといわれている。また前者は有限であるのに対して後者は無限であるともいえる。真理値関数理論は推論の一部に対してその正当性、正しい推論といわれるものに裏付けを与えることができる。しかしながら、アリストテレスの三段論法など真理値関数理論では扱うことのできない推論方法があり、そのような推論方法に対して裏付けを与えようとしたのが量化理論であり、それゆえ真理関数が無視していた文の中の語の役割を考察の対象にとりあげるのである。

 

参考文献リスト

2018年度夏季スクーリング教養論理学にて配布されたプリント

戸田山和久著,『論理学をつくる』,名古屋大学出版会,2000年

大山晃,『論理学』,慶應義塾出版会,1979年

 

レポートの講評

完成度の高いレポートと評価して頂きました!量化理論の説明が少しクドかったそうですが、、、、

レポートを書いてみて

レポートを書いてみて感じたことは、果てしない海でスイミングしている気分でした。「論理学A」のレポートは字数制限がありませんでしたが、7000字を超える超大作が完成しました。このレポートを取り掛かる前に論理学の授業をスクーリングで取りましたが、真理関数までで量化理論は自力で教科書と睨めっこしながら書き上げ、教科書も「最初はちんぷんかんぷんでしたが、7回位繰り返し読めばどんな難しい領域でも理解できるようになる」という学びのあるレポートでした。

 

次回は「経済学」の合格レポートをご紹介いたします!

 

*1:p→q)(q→r